親友も知らなんだようであった
それがしが親友なりかのおなごであるとは、寺子屋よりが付き合ゐにて寺子屋をば卒業しても頻繁に伝達をば取り合ゐ、飲みに参上したり、あれか話をばござったりしておった。当然それがしが当時付き合りておりき彼氏にも紹介して、共に飯をば食べたりしてござったとでござる。「かのおなごにも早う思ゐ人、出来申したら良きなぁ」なぞ思りておりきくらゐでござった。でもござる日卒爾(そつじ)彼氏、「他にお慕いしておりますな子、出来申した」であると申したとでござる。
拙者はまことに心外でござった。結局他に想い人、ゐるにそれがしであると付き合りてく御台所んて申せぬし、彼も如何してもそが子がこであるとをば忘らるるこであると、出来ぬやうでござった。数年間逆援助交際で共にゐて、「こが輩であると祝言するでござるんであろうな」であると思りておりきくらゐだに、拙者どもは、別らるるこであるとに成り申したとでござる。拙者は親友に毎日の如く伝令して、會りて話して、何時も泣ゐて許りでござった。とはいえまことに心外なこであるとは、そが後に起こったみてす。典型的な、空想物語が中にてしや起こらぬごときこであるとであると思わらるるやもしれませぬ、、彼、お慕いしておりますに成り申したがは、それがしが親友であると申すこであると、承知したみてす。拙者ども、別れたでござる当初は、そがこであるとをば親友も知らなんだようであった、、しばしして告白させたでおます。
親友は、それがしがこであるとをば裏斬るごときこであるとは、家出出来ぬであると幾度付き合りてくれであると云われても断りていたであろう。とはいえ左様な話をば拝聴するのみにてとはいえそれがしには、辛過ぎて、ゐけぬであると分やりてゐても拙者は親友に辛く当たりてしもうたとでござる。結局別れたでござる彼は、親友がこであるとをばあきらめたでござるようにて、親友には、未だ思ゐ人、ゐませぬ。それがしにもおらぬわけでござる。かのおなご、それがしがこであるとをば存念て彼が申し出をば断りしであるとしたでござるらであると思考致すとゐてもたりてもゐらるござらぬなりんす。
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2011年12月28日 | コメントは受け付けていません。 |
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